ある日いつものように町で聞き込みを行っていると
いきなり横脇に抱え込まれ裏通りに連れ去られた。
何がなんだかわからなかった。驚きで声も出なかったほど。
人間こういうときって本当はこうなのかもしれないと思う…。



薄暗いが昼間なので顔が見えないというわけではない。
男と女の2人組だった。
男は左目を前髪で隠している。濃い藍の髪の毛がさらりと風になびく。
女は綺麗な赤い髪を胸あたりまで伸ばしている。

ふたりともとても端整な顔立ちをしていて、
一般的に言って「美形」に余裕で入る容姿をしていた。
背もとても高い。
白昼堂々、覆面もせずに誘拐、という風でもなかった。



女の人が口を開いた。

「マナミという少女の事を聞きまわっていたのは貴方ね」

「……」


とりあえずなんだか怪しいので黙っていた。


「わたしたちはその少女を知っているわ」


「え!?」




女の人はにっこり笑って言った。


「聞き込みはもう止めたほうが良いわね。とても危険な状態だわ。」

「ど、どうしてですか?」

「君は2年前、小学校で起きたロボットの事件を知っているだろう」

「え、あの…そりゃあ…」

「バっカ、キラ、被害者だってば」

「あぁ、そうだったな。」


何がなんだかよくわからない。
危険って…何が。


「あの研究所、閉鎖されたってことになってるけど実は水面下で活動しててね。」

「研究所・所長はロボットでこの世界を支配しようとしているんだ」
「なっ…」




そんなどこぞのヒーローものの悪役みたいなことを考える奴が本当にいるのか!?
にわかには信じられない話だった…

しかしこの人たちが嘘を言っているとは思えなかった。
何故かはわからないけど確信があった。


「3年前、その計画の一端として作られたのが、貴方の探しているマナミなの」

「…やっぱりマナミはロボットだったんですか?」

「あら、知ってたの?そこまで情報が伝わってるとは思わなかったわ…(苦)」

「いや…あの…」



僕は2年前の事件のことを話した。

あのロボットから発せられた言葉…形式番号のことも。


「アルファベットと数字はロボットの形式番号だから…
 もしかしたら、と思ってたんだけど…」

「貴方賢いのね。」


そういって頭を撫でるお姉さん。
は、恥ずかしいんですけど…。


「マナミはプロトタイプなのだけど、何かとてつもない力を持っているらしいの。
 それを所長が利用しようとしているわけね。

 というか自分で作ったのに持ってる力がわからないというのも変な話だけど?」

「リン…その辺は良いから。」

「あぁ、そうね。あはは、ごめんなさいね?
 えっとそれでね、あーっとどこまで話したかしら〜」


頭痛くなってきた…
まるで夫婦漫才だ。

ふと気になっていたことを思い出した。


「あの、その前に良いですか。」

「何かしら?」

「マナミ、体温あったんですけど…」






・・・・・・・・・・(間)






「あーらヤラシーわね!!」

「は?」

「あ、あぁいいの。いいのよ。

 そうね、それはマナミが人間に近い作りになっているから、かしら。
 他のロボットはもっと無機質で攻撃用の装置とかなんだか機能がたくさんついてるんだけど
 マナミはそういうのはまるでない、「人間」をモデルにしたロボットなの。」



なんと!科学はそこまで進んでいたのか。


「でも…いくら人間に近いといっても、やっぱりロボットだから
 成長とかはできないのよね…」

「え…」


成長しない…?どういう意味で…

「リン!!」
「あら。」


失言?という顔をするお姉さん。
やっぱりこれは…それで…えーっと…


「まぁそんなわけで…
 マナミを救うことができるのは
 彼女を愛し、そして愛されていた貴方だけなのよ。」

「あ、あいしあいされ!?」

「照れるな坊主。お前もマナミを救いたいんだろう?
 だからこそ2年も聞き込みなんてしてたんだよな」

「う、うぅ…」


それは、そうだ。

マナミに、もう一度会いたい。
マナミを救いたい。


「協力、してくれるか。」

「……もちろんです。」


考える必要などなかった。
心はもう決まっていたんだ。


「マナミを救えるのならなんだってやります」












お兄さんはキラ、お姉さんはリンとそれぞれ名乗った。





僕は特殊なスーツを着せられた。
なにやら材質がロボットと同じにできているらしく
侵入者を映すレーダーに映らなくなるという。
ロボットに気づかれないようにする対策というわけだ。
しかも耐水耐火性。凄いとしか言いようが無い。

でもこんなものがあったなんて。
アンダーグラウンドな世界は計り知れないといえよう…。



鏡を見ると10歳の僕がいた。
…何故?





2人と一緒に研究所施設に乗り込む。
少しドキドキしていたが、2人を信じよう。大丈夫だ。


「あの先よ」


リンが扉を指差す。
赤いこじんまりとした扉。

あらかじめ入手しておいたパスワードを入力し、扉を開ける(どこから手に入れたんだろう?)



「マナミ!!」
「!!!」


はっとして振り返るマナミ。


「トール?トールなの?」

「ボクは“F-98”。そう呼んでよ、マナミ…」

「えぇ…えぇ、そうね。そうね、F-98…。」




――…マナミは2年前と同じ姿をしていた。
やっぱり、これは…



「感動の再会中悪いけど、時間が無いわ。急いで…!!」




バン!



扉が開いた。
警備ロボットだ。


「誰だ!?」
「ここで何をしている!!」


5,6人…いや…体、か…いる。
潜入のプロっぽい、キラとリンなら、なんとか越えられそうだけど…

と、横のいたリンが静かに口を開いた。


「道を開けるから。走るわよ。」
「え」



ばっ


リンは扉の正面にいた2体の警備ロボを扉と一緒に勢いよく押し倒した。
それと同時にキラはマナミを抱え、走る。
リンは慣性でそのまま扉の外に転がり出ていた。
僕もキラに続いた…が。

いかんせん僕はまだ子供!
足の速さが全然違う!!
とにかく全速力で走った。



「待て!」



そういって警備ロボは銃を…じゅう!?



「ひぇっ」

驚いた拍子にコケた。



「!! 98!?」

「あっちゃー…」



マナミ…マナミを…!!





今度こそマナミを助ける!!!



「キラ!ボクは良いからそのまま行って!!」
「何言ってんの!?そんなあんた…」
「ボクは大丈夫だよリン!それよりマナミを!!!」



躊躇するリン。

僕は警備ロボに取り囲まれてしまった。



「リン、一時撤退だ。退かないと俺らも…」


「…了解。」

「98!!!」




「必ず助けに来るからね!!」




そういって声が遠のいて言った。

最後まで、マナミの声が響いていた。














「おい、こいつどうする?」
「どうするって…キョウセイジョだろやっぱ」
「ったくかわいい顔して反乱とは…」


どかっ


「よし、連れていけ!」











キラとリンのアジト。
それは町外れ、長屋(?)の一角にこじんまりと、あった。
部屋の中には生活に必要なものしか、ない。


「98…」


マナミは不安げだった。



「大丈夫だよ。」

肩を叩くリン。
そしてふ、と真顔に戻り、言う。


「いいかい、あたしらは今から研究所を爆破しにいく」

思っても見なかった過激な台詞。
しかし特に何も無かったような顔でマナミは次の台詞を待った。

「あんたのたくさんの仲間が死ぬことになる。
 でも、これもトールを助けるためなんだ。許しておくれよ」




マナミは一瞬目を伏せ…そしてゆっくりと目をあけた。
不思議な色をした瞳は何もかもわかっている、という表情をしていた。

そして、つぶやくように。


「良いのよ。それが正しいことだわ。できればわたしも壊して欲しいのだけど…」


リンは一瞬驚いた顔をして、そして笑った。
マナミの頭を優しく撫でる。


「そういう考えをもっていれば大丈夫ね。
 あんたみたいなのもいた。
 その事実があたしたちには嬉しいわ。哀しくもあるけどね」
「…ありがとう」


微笑んで、マナミは言った。









何処かへ行っていたキラが小汚い布を持って帰ってきた。

「時間ね」

布をマナミに差出す。

「このローブを羽織ってこの地図の場所へいくんだ。
 多分トールはここにいる。
 研究所は警備を厳しくしてあると思うが、
 このローブがあればレーダーには映らない…」
「あなたたちは?」
「俺たちは後始末をつけに行く」









エレベーターに乗って…暗い場所へとおりた。
地下か…?それとも…暗くて遠くがよく見えなかった。

ずるずると引きずられ、少し明るくて広い場所に出た。
奥のほうに廃棄の山が見える。もちろん、人型のロボットの…。
真ん中にはプール…
まわりは金網に囲まれていた。左右と天井が塞がっているのでとても暗いのだった。
金網のむこうには芝生が見えた。


鞭を持った女が数人。こいつらも多分ロボットだ。お尻からケーブルが延びていた。
リーダー格と思われる女が口を開いた。


「珍しいね、あんたみたいなかわいい子は」
「……」


声は機械音だった。特に喋る必要も無いからこういう作りになっているのだろう。


「まぁ良いわ。たっぷり可愛がってやるからねぇ…」





これ以上反抗したいとは思いたくもなくなるようにね!!
















マナミは走っていた。
彼女は人間をモデルに作られたプロトタイプ。
走る速度も人間並みなのだ。


急がなくては。
いい加減、息切れする機能は付いてはいなかったけれど
どこか苦しい。
急がなくては。



“なるたけ時間稼ぎはするけど…
 もしかしたらトールも巻き込んでしまうかもしれない。
 あのスーツは耐火だけど耐衝撃機能はついているかどうか…
 でもそれだけは免れなければいけないわ。”


“できるだけ急いでくれ!!”




そう言われたのだ。急がなくては。急がなくては。














「そろそろ行こうか、リン」
「…えぇ、キラ」


「父さんのやったことは許されざることだから」
「わたしたちが…止めなければいけない。」
「そう、それが俺たちの役目だ」




「……これで良いのよね?」
「大丈夫、俺がついてる」
「キラ…」














女の手には電気を帯びた鞭があった。
このスーツ、耐水・耐火性とか言ってたけど…耐電なのかどうか…
どっちにしろ痛そうなので何か案はないかと考える。






!


奴らはロボットだ…。
一か八か。






僕は思い切ってプールに飛び込んだ。



「!?何!?何故感電しない!!」
「おい…こいつ……ロボットじゃない!?」


水から顔を出すと女ロボットたちの焦っている声が耳に入った。



「落ち着きな!いいから引き上げるんだよ!!」
「で、でも姉ぇ…あたしらは中には入れな…」


その時だった。
背後の研究所がものすごい爆発をおこしたのだ。



停電。

女たちは自分たちを動かしている力が送られて来なくなったため
停止してしまった。




…バッテリーとかないのかよ…無用心だな…

そう思ったが、逆に言うとそれだけ自信があったということなのかもしれない。










巨大ロボットに乗ったキラとリンは、勢いよく研究所を爆破して行った。



所長室。
扉を開けると、白髪頭の男がいた。この研究所の主である。


「ぬぅ!?お前ら…」

「久しぶりね」
「父さん、貴方のしたことは許されないことだ」



そう言いながらロボットを一歩、進めた。


「人間をロボットで支配しようなんて無理な話だわ。

 そんなことも気付かないの?」
「ぬ…くッ!!」


必死の抵抗でピストルを構える所長。
震える手をなんとか押さえつけ、引き金を引く。


「俺たちは貴方に作られた超豪金ロボットですよ。
 そんなもの効かないのはわかっているはずでは…」
「……ではこれはどうかな?」




懐から赤いスイッチを取り出した。


赤いボタン。それは自爆装置の証であった。

それを見てリンはあっけらかんとして言った。


「父さんにそんな覚悟があるとは思わなかったわね。」

キラは所長の手にある赤いボタンを見つめて、言う。


「どうぞ押してください。僕らは最初からそのつもりできたのですから。」


「ぐぅ…」



どうやら押す覚悟など微塵もなかったようだ。
なんとかしようと、目線をあちこちに飛ばしている。
しかし、逃げ道など、無かった。


それを見てにやりと笑った、リン。



「ではあたしたちから行きましょうか、父さん。」
「僕たちの可愛いマナミを哀しませ、仲間を自分の利益のために利用し…
 たくさんの人を傷つけ…


 貴方は人間じゃない!」






2人は手を握りしめ、巨大ロボットの自爆装置を押した。








シグナルレッドが輝いていた。

















「98!」
「マナミ!?」


金網の向こうにマナミの姿が見える。
僕はプールから出て、金網のほうに駆け寄った。



「お…マチ…な、さ…イ」


リーダー格の女ロボットはかろうじてバッテリー機能があったようだ。
しかし爆風に直撃したためか満足に動けないようだった。



「98、急いで…ッ」




金網を開けようとするマナミ。
どう考えても無理だ。
僕も必死に手伝う。


「んっ…くううううぅ!!!」






!!! 開いた!!










その瞬間、ものすごい爆風に押され
僕はマナミを巻き込んで土手を転げ落ちた。







スーツは破け、ボロボロになっていた。
が、これがクッションになったようだ。幸い、擦り傷しかできていない。


マナミは手をのばし、僕の頬に触れた。
昔と同じ、柔らかく、暖かい手だった。


「98…老けた……」

「その呼び方もうやめなよ」



「…うん。」



僕はゆっくりとマナミにキスした。
マナミはとても暖かかった。暖かかったんだ。





「知ってた?あの時からもう、2年も経ってたんだよ」














マナミに案内され、キラとリンのアジトに戻ると、そこにはすでに2人の姿は無く…
というより戻ってきていないようだった…

机の上に、マナミ宛の手紙だけが残っていた。



そこにはマナミの生い立ちと、機能等のこと…

自分たちがマナミより先に作られた、いわば、兄と姉の暗殺型試作品だったこと…

トールと幸せに暮らしてくれということ…


などが書いてあった。





「兄さんと…姉さんだったんだ……」


マナミは少し寂しそうにそうつぶやいた。








後日、爆発した研究所の焼け跡から
傷だらけで機能の停止した2体の男女のロボットが見つかったという。


風の噂でそれを聞いた僕とマナミは
2人でささやかなお葬式をした。





ありがとう…キラ、リン…。


























以下、ロボット工学の世界的権威である水沢 透 教授の手記であるといわれている記述より。


・あれから7年。
 僕は大学でロボット工学科に進み、勉強をしている。
 マナミのために。
 マナミは、今は一緒に暮らしている。
 当たり前だが、少女の姿のままだ。
 いつか彼女を大きくしてやりたいと思う…
 より人間に近く、できたらいいと。
 彼女も、そう望んでいるから。

・彼女を抱きしめると、くずぐったいという。
 くすぐったい?
 彼女はそういう「感覚」は持っていないようだったが…
 少しずつ、人間に近付いているのかもしれない。



・25の夏。
 気がつくと彼女の背が少し伸びていた。
 そんなことがあるのだろうか。




・28の冬。
 木漏れ日の中、彼女は静かに眠っていた。
 起きることはもう、無かった。
 顔はかすかに微笑んでいて。
 幸せだったのだろうか?
 僕は彼女を幸せにしてやれたのだろうか。


 もう一度、今の僕の力でなら
 彼女を動かすことができるかもしれない。
 でも、彼女の中を見るのは罪な気がした。
 マナミは人間になりたいと思っていたから…
 きっと彼女も嫌がるだろう。
 なら僕は何のためにこの研究をしていたんだ?
 わからなくなってきた。
 ただ、マナミに逢いたい、そう思うけれど。

 彼女は元研究所の隅に作った、
 リンとキラのお墓の横に埋めようと思う。



・29の春
 もしかしてマナミを作った人もこういう経験があったからなのではないか、
 などと思い始めていた。
 でも僕はそうはならない。
 マナミの辛さが良くわかっているから。
 本当はわかっているような気がするだけなのかもしれないが…







記述はここで終わっている。






Fin






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