男の子の名前はトールといいました。
その昔、天才少年といわれていたようですが
今は普通に頭の良い小学生をしている少年です。
彼の洞察力には驚くものがあったりしたらしいです。
そして、女の子の名前は―……











その日は、そう、綺麗な秋晴れの空をしていた。
この時期にしてはわりと暖かかった。
僕は窓際の席で、グラウンドと広い空が見えるこの場所が気に入っていた。
お昼過ぎになると少し眩しいのが難点だったけど…。
その日はなんだかわくわくしていたんだ。
何がそうさせるのかはわからなかったけど、
虫の知らせ、みたいな感じかな。
何かが起こると、僕の中の誰かが言っていたんだ。


チャイムが鳴った。
それと同時に先生が入ってきた。いつもより早いな…。
ざわついていたクラスメイトは席へと戻り、教室は静かになった。


「えー、今日はこの4年β組に転入生が来ました。
 先生の親戚の子だったんだが、先日ご両親が事故で亡くなり、
 先生以外身寄りがいなくなってしまったんだ。」


えーっ、かわいそう…、などという声が飛び交う。


「まぁ、そこんとこはお前らが元気付けてやってほしい!
 では紹介しよう。マナミくん、入って来なさい。」



そうしてドアからひょっこりと入ってきたその女の子は…
可愛い。一目見てそう思った。
頭の両脇に結わいた黒い髪がとっても綺麗で…
それが整った顔を更に際立たせていた。

その女の子はにっこり笑ってこう言った。


「センソウジ マナミです。よろしくお願いします。」


「えー、じゃあ席は…そうだな、ミナサワの隣が空いていたな。」
「えっ」


ぼ、ぼぼぼぼ僕の隣ぃ!?
前に座っていたヤタが「羨ましいぜこのー」とか冷やかしてくる。
と、いつのまにか隣にちょこん、と座っていた女の子が僕に向かって手を差し出していた。


「マナミです。よろしくね。」
「え、あ…うん…ボクはミナサワ トール。よろしく…」

彼女の手は優しいあたたかさを持っていた。





マナミはおとなしい女の子だった。
あまり喋らない…無口で、休み時間も外へは出ず、僕の隣で本を読むばかり。
そういう子はけっこう珍しく、クラスメイトたちも少し敬遠しているようだった。
こんなんで友達ができるんだろうか?隣の席のよしみ(?)で心配してしまう。


そして少し変わっていた。
何日か彼女を見ていて、そう思った。何か、変だ。
それが何かわからないからもどかしいんだけど。


僕は僕で、空ばっかり見ている変な奴とか言われていたから
親近感を覚えたのかもしれない。
空の色が好きだった。自分の名前と同じ、透るような空が。


ある日の休み時間、気付くと教室には僕とマナミだけになっていた。
マナミはいつものように分厚い本をひろげ、
一心不乱に文字を追っているようだった。



「ねぇ、なんの本読んでるの?」

なんとなく訊いてしまった。
マナミは、一瞬ビクっ!とし、無表情のままこっちを向いた。
いつも優しく微笑んでいる彼女にしては珍しいことなので(でもまぁ、本を読んでる時は無表情だけど)
ちょっと恐かった。邪魔しちゃったかな、と思った。


「宇宙学の本」
「う、うちゅうがく?」

聞きなれぬ単語。

「そう。宇宙が誕生したときからこの星が生まれるまで、とか
 惑星が消滅するときのこととか、いろいろ書いてある本なの。」

いつも通りの優しい表情でマナミは説明してくれた。
…僕にはさっぱりわからなかったけど。小学生の読む本じゃないな。


そこで会話をやめるのもなんだったので
とりあえず定石どおりの事を訊いてみよう。あとは野となれ山となれ…(汗

「お、面白い?」



と、しばらく考えるそぶりを見せてから彼女は言った。

「んーまぁまぁかな。
 マナミは精神論とか思想論とか、人の心に関する本のが好き。」



やっぱり変わってる…そう思った。
せっかく会話が盛り上がってきているのだから、
思い切って前から気になってたことを訊いてみることにした。


「あの…マナミちゃ…」
「マナミって呼んでよ。マナミもトールのことトールって呼ぶから。」


そういったマナミの顔は少し真剣だった。
何を考えているかさっぱりわからなくて、ちょっと困る。


「ま、マナミ…お父さんとお母さんがいなくて寂しくないの?」
「ん…そりゃ寂しいけど…
 元からいなかったようなものだから、普通。」


少し寂しそうな表情。
あ、しまった、と思ったけどそうでもなかったようで…


「あ、でもね!おうちでは先生がいるし、
 学校では隣にトールがいるから全然平気だよっ」


そういってにっこり笑ってくれた。
どういう意味だろう…僕がいるから?




さっきから心臓がうるさい…。






その日から、僕とマナミはとても仲良くなった。
あいかわらず他の子とはあまり喋らなかったけど…
僕にはわりとたくさんのことを話してくれた。
僕も、たくさんのことをマナミに話した。

放課後も一緒に遊ぶようになった。
僕らは互いの気持ちが良くわかるようになった。
僕はマナミのことが好きだった。
彼女も、そうだったんだと思う。

いつまでもずっと
続くと思ってた
この平和な時…。

幸せだった。










2ヶ月ほど経ったある日。
冬休みが近付いていて、みんなけっこううきうきしてた。
迫り来る冬のせいか、風はもう冷たくなっていた。

一時間目は算数のテストだった。
みんなは勉強してねー!!とかいやだなーとか言ってたけど
僕は別に不得意ではなかったのでテストが配られるまで窓の外を見ていた。
遠くのほうに煙が見えた。町外れのロボット研究所の方角だ。


「えーではこれからテスト用紙を配るぞー」

先生が言う。
右を向くとマナミがわくわくした様子で座っていた。
彼女は、テストが好きらしい。

「カンニングは許さないからな。心してかかれよー」

手元にテスト用紙が配られる。
ざっと見たところ、大して難しい問題は無さそうだ。

「では始め…ん?」


妙な音がする。
キャラピラの音…?
反射的に窓のほうを向くと獣のようなフォルムをした巨大なロボットが
排気口からどす黒い煙をもうもうと出し、
ものすごいスピードでこちらに向かってきているのが見えた。

さっき見えた煙はこいつの…?

あのスピードで校舎にぶつかられたらひとたまりもないだろう。
早く逃げなくては…


もうそんな時間も無いやっ!!




ドン!!!



壁が一瞬でなくなった。
衝撃で窓ガラスは砕け、飛び散り、数人のクラスメートを傷つけた。
悲鳴が教室に響き渡る。
僕はマナミを守るのに必死だった。


シュウ…


ロボットは口から煙を出して頭を左右に振った。
カメラがこっちを見ているようだ。


ウィ……



こっちを…見て…

次の瞬間、僕はふっとばされた。
ロッカーにぶちあたり、一瞬息が止まる。こんな苦しいのは生まれて初めてだった。

「う……マナ…ミ…」
「トー…」

ロボットはアームでマナミをつかんで持ち上げた。
マナミ!!
叫ぼうとしたけど上手く声が出なかった。





“MN-23…やっと見つけたぞ”




マナミに向かって。
確かにあのロボットからそう聞こえた。
MN…機体の形式名称……?











気が付くと僕は真っ白いベッドの上に寝かされていた。
どうやらあの時気絶してしまったらしい…情けない。
怪我をした数人のクラスメートはガラスによる切り傷だけだったので
そんなに重症ではないようだ。
しかし…
あの衝撃をモロに受けた先生は、意識不明の重症。

この事件は町外れにあるロボット研究所で開発されていたロボットの暴走、ということで片付けられた。
研究所は閉鎖された。
マナミは帰ってこなかった。


僕は聞いたんだ…。
見つけたぞという言葉を。
あれは暴走じゃない、そう考え始めていた。


2日後、先生は死んだ。
ずっとお世話になっていた先生だったから…とても悲しい。悲しいなんてもんじゃない…。
そして…先生が唯一のマナミの肉親だったわけで…
もしかしたら何か知っていたかもしれない。
あの謎の形式番号と、見つけたぞという言葉のことも…。
でも今となっては…




あれから僕は毎日マナミを探した。
町で聞き込みをしたり、隣町まで行ってみたり。
警察にも行った。
調べてもらって唖然とした。
住民リストにはそんな名前のコはいないという。

もしかして…




おなかの底に謎だけ残ったまま…
2年の歳月が流れていた。






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